私の黒歴史その①生い立ち

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「全てが上手くいって、いいですね。うらやましい、
私もそうなりたいです。秘訣を教えて欲しい」

こんなお言葉を頂く事があります。

「へっ?そうなの?」

確かに主人がいて子供2人いて、小さいながらもわが家があって、
普通に暮らしているので、そう言われてみればそうなのかもしれません笑

これと言って特別なことをしているわけではありません。
至って普通、頑張って頑張って築いたわけではありません。
ただ、最近いろんな事が繋がっていき、振り返ったり紐解いて行くことで見えてきたことが沢山あります。

やはり育った環境・親の価値観は色濃くインストールされており、
過去と現在を照らし合わせることで、いろいろな事が鮮明に浮き上がってきます。
記録のひとつとして私の黒歴史なるものを綴りますので、ご興味あればどうぞおつき合いください。

奄美大島を出身とする両親の三姉妹の長女として生まれる。
自営業を営む両親は毎日忙しく、私はいつも3つ違いの妹たちのお世話役。
面倒見がいい、頼りになるといわれ、聞き分けのよいお姉ちゃんだったと思います笑

父は九州男児を絵にかいたような人。自分の意見が絶対、男尊女卑の意識が強く
「女のくせに黙っておけ!」
母の意見は一蹴、話を聞く人ではありませんでした。
自分の意見は全く聞き入れてもらえない母の不満とイライラの矛先が、
いつも長女である私に当てられました。

何も悪いことはしていないのに、なぜか怒られる。
幼い時は全く理解できませんでした。学年が上がるごとに少しづつ事情を察してきた私。とばっちりを受ける時は、いつも夫婦喧嘩の後だということに気づきました。
あの味の悪さは今でも不快感として残っており、幼いながら相当強烈な思いをしていたんだと思います。


自分の意見をいつも否定されてしまう母。
その姿を目の当たりにして、私も自分の意見・本音は言わない方だったと思います。
なぜなら私も否定されるに違いないから・・・。

こんな思いはさせてはならない

いつか私が結婚して母になったら、自分の機嫌の悪さで子供に当たることはしない。
なんでも言いたいことは言えるように、子供の意見は否定しない。
九州男児は男尊女卑が強い。結婚するなら北の人がいいとぼんやり決めていました。
なんと結婚した主人は北海道出身です笑

そして、母が作ってくれるお弁当は、いつも茶色いお弁当でした。
蓋を開けた時のテンションの下がり方は忘れられません。
ただ、忙しい中で作ってくれるお弁当に文句は言えず、
友達に見られるのが恥ずかしくて、半分だけ蓋をあけて隠すように食べていました。

こんな経緯があって、わが子には彩のよいお弁当を食べさせたい、
蓋を開けた時に落胆しないように色で誤魔化しているお弁当となっています笑

lunch

悪い歴史は繰り返してはならない

嫌だと感じたことは、しない。
こうだったらいいのにな~ということは実行する。
歴史は繰り返さないと、いつのまにか自分の中で決め実行していました。
私の中で、両親と一緒に暮らしていた時の様々な出来事がすべて、
現在に反映されていたのでした。

なぜか小学4年生の時に進学塾に入れられ、バスで一人通うことになりました。
塾での勉強は難しいながらも、学校の勉強や友達とは違う楽しみはありました。
中学受験して私立の学校に通うのだろうなと淡い期待を胸に通っていましたが、

「引っ越しをするから・・・」

という理由で、塾には通ったけれど受験はせず強制終了。
周りのお友達の合格発表の札を見て、何ともやるせない思いをしました。
やる気がポキッと折れて不完全燃焼、その後の勉強に熱が入りませんでした。

結局中学で転校し、高校は私立の中堅高校へ。
真剣に将来の事を考えるわけではなく、なんとなく短大の家政科ヘ進学。
そして就職~時代はバブル期真っただ中。
ここから私の黒い時期が始まります。

つづく

 

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